2008年11月9日日曜日

原辰徳(ホームラン動画)

原辰徳 ホームラン集


2008年はWBCの監督にも決まり
13ゲーム差を逆転しても勝利

日本シリーズでも絶不振だったのにこの一発でチームの空気も変化
3連敗の後の4連勝

2008年8月25日月曜日

オグシオではなくスエマエ

北京オリンピック最大の番狂わせと言われた
中国人vsスエマエ



解説も実況も信じられないといった感じ。

2008年8月24日日曜日

地球の裏側の野球(動画付)

地球の裏側に別の野球があったって名言を吐いた
ホーナー 衝撃のデビュー動画です

2008年7月31日木曜日

北京でも頑張れ!!

アジア最終予選 日本vs韓国

2008年7月30日水曜日

男子バレー北京オリンピック出場決定(動画付)

2008年 男子バレー


伝説のガッツポーズ?
植田監督

NEWSもひかせた…中田久美

2004年 アテネ五輪を決まった女子バレーメンバーを…


さすが中田久美って感じですかね。

2008年7月28日月曜日

日本中が引いてしまった柳沢のシュート

2006年 W杯(日本vsクロアチア)



ドフリーだったのに…

一瞬夢を見た玉田のゴール(動画付)

2006年ワールドカップ 日本vsブラジル


一瞬勝てるかな?って思ってしまった玉田のゴール

サッカーマイアミの奇跡(動画付)

1996年アトランタオリンピック 日本vsブラジル


日本時間の早朝だったけど
ずーと見ていた。

それにしてもこの試合後ブラジルでは日本の2軍に負けたって
議論になっていたのを思い出す。

2008年7月14日月曜日

荒川静香 金メダル (動画付)

トリノ冬季オリンピック金メダル


このオリンピック結局、彼女しかメダルが取れなかった。

高橋尚子 シドニー(動画付)

シドニー 金メダル(動画付)


本当に強かった

岩崎恭子、金メダル(動画付)

岩崎恭子(今まで生きてきた中で一番幸せ)バルセロナオリンピック

野村忠宏 オリンピック3連覇 (動画付)

野村忠宏 オリンピック3連覇(アテネオリンピック) 大偉業なる


北京オリンピックで野村忠宏を見たかった

柴田亜衣 金メダル(動画付)

柴田亜衣 驚きの金メダル(アテネオリンピック)


このとき、LIVE映像を見ていましたがまさか…って感じでした。

2008年7月13日日曜日

西岡剛を全国区にしたプレー(動画付)

2005年 プレーオフ 西武vsロッテ


このファインプレーで西岡が全国区になった。

イチローの高校時代投手シーン(動画付)

イチローの高校時代の投手シーン


投げ方は理にかなっているよね。

松井稼頭央の投手シーン(動画付)

PLのエースナンバー。運動神経抜群って感じだった。

清原の投手シーン(動画付)

まさか清原が試合で投げるとは?

2008年7月10日木曜日

福留(メジャー)の投手(動画付き)

福留の投手って


大リーガーとして活躍できる福留選手
PL学園時代に投手を経験。

早大vs駒大苫小牧(動画付)

2006年 斎藤佑樹 vs 田中将大


感動的な再試合だった。
斉藤君も田中君も良く投げたと思う。

松坂大輔、ノーヒットノーラン(動画付き)

1998年 松坂大輔、ノーヒットノーラン


この時代から変化球の切れが素晴らしい。
大リーグでも頑張ってほしい。

ダルビッシュ有 ノーヒットノーラン(動画つき)

2004年 東北VS熊本工 ダルビッシュ有投手ノーヒットノーラン


今のダルビッシュより子供っぽいのが素敵。
でもストレートの切れはさすが。

清原和博、高校時代ホームラン(動画付)

1985年 甲子園優勝PL学園(清原和博)


金属バット・ラッキーゾーン条件が揃っていたけど
それにしてもよくホームランを打ったかな。

2008年7月7日月曜日

1年ぶりの奇跡の復活(トウカイテイオー)動画

1993年 有馬記念トウカイテイオー1年ぶりの奇跡の復活


涙しかない

遠藤保仁(コロコロPK)動画

2008年 W杯 アジア3次予選


これは文句なしでしょう。
芸術作品だと思う

広島カープ初優勝(動画)

1975年 広島カープ初優勝


鯉のぼりの季節までっていつも言われていた
カープの初優勝

江川卓オールスター8連続三振(動画)

1984年 オールスター


この年あまり良くなかった江川卓
オールスターで本気で投げた?

最後の打者はカーブをセカンドゴロ
どうせならストレート勝負してほしかった。

清水宏保長野五輪金メダル(動画)

1998年 長野五輪 清水宏保 日本スケート界に初の金メダル



これは何度見ても涙が出てくる。
実況も最高に良かった。

船木…長野五輪(動画)

98年 長野五輪 スキージャンプ団体金メダル



それにしても天才?原田
すごい吹雪だったけど…テストジャンパー(日本人)の頑張りで2本目
に行くことができた。

体操男子団体28年ぶりの金メダル(動画)

2004年 アテネ五輪 体操男子団体28年ぶりの金メダル


夜中まで起きていて良かった。
それにしてもこの実況が話題に『栄光への架け橋』

里谷多英、金メダル(動画)

1998年 長野五輪 里谷多英 金メダル


予選9番手?確か地上波でも生放送していなかった。
(BSで見た記憶がある)

その後の五輪で銅メダルを取るけど
スキャンダルも多かった

佐藤義則ノーヒットノーラン(動画)

1995年 オリックスVS近鉄






40歳でまさかのノーヒットノーラン
投手コーチとしてもダルビッシュなどを育てた。

今井雄太郎完全試合(動画)

1978年 阪急vsロッテ 


力で抑えるって感じの投手だった。
昔は試合前に緊張をほぐす為に…ビールを飲ませたとか?

2008年7月6日日曜日

イチロー投手で登板

1996年 イチロー


仰木マジックで登板も松井が嫌がった(野村監督段)
そして高津が出てきた。

阪神初の日本一

1985年 阪神VS西武



今では強くなった阪神。
だめ虎など言われていたこともあった。

それでもこの年は強かった。

野球北京オリンピック予選

2007年 日本北京オリンピック代表決定

まずは叩きたかった韓国に勝利(岩瀬・上原の投球に痺れる)


伝説のスクイズ(これは驚いた)

WBC奇跡の優勝

2006年 WBC奇跡の優勝

準決勝韓国戦(福留のホームランに感動)


決勝(今江のタイムリーに感動)




大砲って感じの選手はいなかったけど
イチローを中心に凄い良いチームだった。

あの問題の審判も今では良い思い出。
メキシコvsアメリカ戦はリアルタイムでテレビで応援していた。

野茂英雄トルネードデビュー

1990年 野茂英雄




この年、優勝チーム以外からMVPが…。これだけの新人は珍しい。

甲子園伝説のバックスクリーン3連発

1985年 阪神vs巨人 バース・掛布・岡田バックスクリーン3連発




槙原投手だった。
それまで勝っていたのに…(巨人ファン)

広島衣笠連続試合2131試合達成

1987年 広島衣笠連続試合大リーグ記録達成
















日本が誇る偉大な選手。
先日、肉しか食べなかったと石橋貴明に言われていた衣笠選手。

休まなかったのはやはり凄い

横浜ベイスターズ日本一

1998年 38年ぶりの日本一




横浜ベイスターズ2008年は大変なシーズンを送っているけど
10年前はとても強かった。

古田敦也2000本安打達成

2005年 古田敦也 2000本安打達成
大学から社会人を経た選手では史上初の快挙




メガネの捕手は大成しないと言われながら
野村監督に出会い、野村IDの申し子になった古田選手。

選手兼任監督としても活躍した。

2008年7月3日木曜日

金田正一400勝

1969年 金田正一400勝


到底破ることができないだろう400勝という記録。
偉大すぎて…

半分の200勝をすれば優秀と言われているだけに。

印象度が高かった、長嶋茂雄のデビュー4三振を
動画としてえ貼り付けています。

堀内恒夫、ノーヒットノーランよりほしい記録

1967年 巨人vs広島 堀内恒夫 ノーヒットノーラン達成



それにしても恐ろしいのは
ノーヒットノーランよりも4打席ホームランの方が意識が高かったこと。

まあ3打席連続でホームランを打っていること自体凄いのだけど…。
(投手なので)
天才だったのでしょうね。

2008年7月1日火曜日

サンデー兆治

1985年 ロッテ村田兆治 右ひじ手術から復活


現役引退も噂された村田投手。
右ひじにメスを入れて奇跡の復活。

日曜日のたびに勝利するためサンデー兆治と呼ばれた。

現役引退後も140キロ近いストレートを投げ
マスターズリーグではいつも人気の投手だった。

ちなみに私はこの人の講演会に行ったことがある。

長嶋巨人最終戦で優勝

1994年 中日VS巨人 ペナント最終戦で優勝決定


最終戦で同率の巨人・中日。この試合を制した方が優勝という
超熱いゲームだった。

桑田投手の最後のカーブがとても印象的だった。

2008年6月29日日曜日

王貞治756号

1977年 巨人vsヤクルト(後楽園)
王貞治 756号HR MLB記録を破る




王 貞治(おう さだはる、中国語拼音:Wáng Zhēnzhì/ワン・チェンジー、1940年5月20日 - )
は、日本生まれ・中華民国籍のプロ野球選手・監督。
ふるさと清掃運動会実行委員長。日本国民栄誉賞の最初の受賞者

天才の長嶋・努力の王って感じですかね。
現役時代をライブで見た経験はほとんどないけど。

偉大中の偉大な存在。

高校時代は投手として甲子園優勝投手。(延長でノーヒットノーランも達成)
しかし、プロ入り後すぐに野手へ転向させる。

それで800本以上のホームランを打っているのだから野球は面白い。

監督業でもWBCの初代優勝監督。

天才だった新庄(敬遠ボールをサヨナラ)

1999年 阪神vs巨人(甲子園)
新庄剛志敬遠のボールをサヨナラヒット




新庄 剛志
(しんじょう つよし、1972年1月28日 - )
は、元プロ野球選手(外野手)。現在はタレント。長崎県下県郡美津島町(現対馬市)生まれ。

西日本短大時代から注目されていた。
ある漫画で読んだけど…あまり目立った存在ではなかったらしい。
よく小学校時代に事故にあったらしい(8回)


現役時代もいろいろとあった。

印象的だったのは投手をやったこと。
野村監督の意向で実施した。オープン戦で二岡選手を内野ゴロに打ち取った。

後、日本ハムが日本一になった時、一番最初に胴上げされたのも
チーム選手にも信頼されていた証拠だったのでは…。

2008年6月26日木曜日

江川卓衝撃の引退

1987年 江川引退 
衝撃(1)

衝撃(2)

衝撃(3)



江川卓 勝利135勝・負け75敗 防御率3.02

いろいろとあったけど…。大学・浪人と5年間が無ければもう少し活躍できたと思う。
私的には2段モーションというかあの投げ方が印象的だった。

引退後が実業家ってイメージも多いけど、多分一生現場復帰することはないと思う。

あまり知られていないが、現役時代は100m走のタイムが11秒1という
球界有数の俊足の持ち主であった。

伊良部秀輝(いらぶひでき)

1993年 伊良部VS清原 158キロ対決


伊良部 秀輝(いらぶ ひでき、1969年5月5日 - )は、元プロ野球選手(投手)。沖縄県平良市(現・宮古島市)生まれ、兵庫県尼崎市出身。

伊良部投手は尽誠高校からロッテに入団。
ヒールなイメージで活躍した。

全盛期の体形を常に維持してほしかったけど…。
なかなか難しかった。そうすれば大リーグでもそこそこ活躍できたと思う。

大リーグでもつばを吐いたとかいろいろと話題につきない。


現在は実業家として活躍しているらしい。

槙原寛己【完全試合】

1994年 巨人VS広島 槙原寛己 福岡ドームで完全試合完成


槇原 寛己(まきはら ひろみ、1963年8月11日 - )は愛知県半田市出身のプロ野球選手(投手)
現在は野球解説者。

この試合当時、大学生でした。
ラジオでこれを聞いていました。

確か、この試合前、槙原投手は門限を破って問題になったらしい。
この試合に勝てれば許してくれるっている後日談も話題になった。

この年開幕前、FA権利を取得して、中日に移籍が噂されましたが
長嶋監督が17本のバラを持って説得にあたった。

近鉄サヨナラホームランで優勝

9回裏完全保存版 2001.9.26 
大阪近鉄バファローズ優勝 北川博敏、奇跡の代打逆転満塁サヨナラHR



近鉄バファローズ(おおさかきんてつバファローズ、Osaka Kintetsu Buffaloes)は
1949年から2004年まで存在した日本のプロ野球球団。
パシフィック・リーグに加盟していた。大阪府を保護地域とし、府内大阪市西区にある
大阪ドームを専用球場(本拠地)としていた。
また、二軍(ウエスタン・リーグ所属)の本拠地は、かつて府内藤井寺市にあった近鉄藤井寺球場であった。


2004年、球団及び近鉄グループの経営難から、オリックス・ブルーウェーブの運営会社「オリックス野球クラブ」に営業譲渡し、大阪バファローズは2005年3月末をもって解散。

職員の大半はオリックス野球クラブに、一部は楽天野球団に移り
選手は分配ドラフトによりオリックス・バファローズ(ブルーウェーブから改称)と
東北楽天ゴールデンイーグルスに配分された。

オリックス・バファローズの球団史においては
大阪近鉄バファローズは傍系扱いとなるため
チームタイトルや個人賞などの各種記録については一切含まれない。

4度のリーグ優勝を果たすものの、日本シリーズ優勝は1度も果たすことができず
2004年のシーズン終了を以って55年間の歴史に終止符を打った。


主な選手
土井正博(外野手:1967-1968)
鈴木啓示(投手:1969、1975、1978)
永淵洋三(外野手:1969)
クラレンス・ジョーンズ(一塁手:1974)
佐々木恭介(外野手:1975、1978)
石渡茂(遊撃手:1977、1979)
梨田昌孝(捕手:1979-1981)
栗橋茂(外野手:1979-1980、1982)
チャーリー・マニエル(指名打者:1979-1980)
大石大二郎(二塁手:1983-1984、1990)
リチャード・デービス(一塁手:1985)
新井宏昌(外野手:1986-1987)
阿波野秀幸(投手:1989)
山下和彦(捕手:1989)
ラルフ・ブライアント(外野手:1989、指名打者:1993-1994)
野茂英雄(投手:1990)
ジム・トレーバー(一塁手:1991)
石井浩郎(一塁手:1993-1994)
中村紀洋(三塁手:1996、1999-2002)
フィル・クラーク(一塁手:1997-1998、指名打者:1999)
タフィ・ローズ(外野手:1997、1999、2001-2003)
大村直之(外野手:1998)
礒部公一(外野手:2001)
ジェレミー・パウエル(投手:2002)
岩隈久志(投手:2004)
(wikipediaより編集)

長嶋茂雄引退セレモニー




2008年 6月作成
長嶋茂雄 

高校野球界では無名の高校出身であったが、練習試合で訪れた埼玉県熊谷市内の球場で、その素質をプロスカウトに見いだされてはいた。 (バックスクリーンのホームランが印象的だったらしい)

1954年から1957年まで東京六大学野球で立教大学の選手として活躍。
(杉浦投手などと活躍した)
1958年~1974年までプロ野球チームの読売ジャイアンツ(以下、巨人と記す)で三塁手としてプレイした。(最後の打席はショートゴロのダブルプレー)

現役時代は巨人の中心選手として活躍した。背番号3は巨人の永久欠番のひとつである。

現役引退後、翌年に監督就任
1975年から1980年まで【背番号90】解任された。江川・西本・中畑などを育てた
1993年から2001年まで(1993年~1999年は背番号33、2000年・2001年は背番号3)
に巨人軍の監督を務めた。

2001年より、株式会社よみうり専務取締役・読売ジャイアンツ終身名誉監督に就任した。
2002年に2004年アテネオリンピック野球日本代表チーム監督に就任したが、2004年に脳梗塞で倒れ指揮することを断念したため、その後は中畑清ヘッドコーチ(肩書きはそのまま変わらず)に指揮を託した。(結果は銅メダル)
(wikipediaより私編集)


天才というだった長嶋茂雄。このインタビューは感動的ですね。